衣縫塚古墳

  

衣縫塚古墳は直径20m、高さ4.8mの円墳で築造時には掘が巡らされていました。宮内庁により允恭天皇陵の陪塚「ろ号飛地」に指定されています。掘からは、円筒埴輪の他、人、家型、大刀型などの形象埴輪が出土。埴輪の形状から5世紀後半に築造されたと考えられています。
藤井寺市の民話「やっつけられたたかたかぼうず」に「孝行むすめ 衣縫孝女」という民話があります。仁明天皇の頃(8世紀中頃)、藤井寺の国府に衣縫という親孝行な娘がいました。娘は、12歳のときに父を亡くし、あいた時間は父の墓を参り、残された母に一生懸命尽くしていました。衣縫という孝行娘がいたということで、衣縫孝女として伝わっています。