「古事記」は、日本最古の歴史書で「日本書紀」とともに奈良時代初期に成立したため、両書を合わせて「記紀(きき)」と呼ぶ。
40代天武天皇が「帝紀」と「旧辞」が史実と異なる記述が多いため、稗田阿礼に詠み習わせたのが始まりと言われている。
天武天皇の死後、中断されたが43代元明天皇が太安万侶に稗田阿礼が語る内容を筆談させ、献上するよう命じた。
「古事記」は、漢字の音訓を使い分けて日本語記述(当て字)で書かれている。
特徴は、全体の3分の1が神代の話である。
古事記の撰録者である太朝臣安萬侶【おおのあそみやすまろ】を出した多氏は、大和国十市郡飫富郷(現田原本町多)を本貫とする名族。初代神武天皇の子である神八井耳命【かむやいみみのみこと】を氏祖とし、皇別氏族(皇族から分かれた氏族)としては最古級に属する。